多宝塔とは?

多宝塔は、大日如来を表した塔であると伝えられています。

石山寺多宝塔
写真)滋賀県石山寺の多宝塔

法華経見宝塔品の説によるものであり、本来、多宝如来をまつる塔を指すものでした。
現在では、仏塔の建築形式の一つとされており、さまざまな寺院に建てられています。

五輪塔と同じように、真言宗開祖である空海により高野山に建てられたことが始まりだったと伝えられています。
多宝塔は平安時代後期から建てられるようになり、鎌倉時代後期頃までに急速に普及しました。
下から基壇、基礎、軸部、屋根、饅頭型、匂欄、斗型、屋根、露盤、伏鉢、請花、九輪、宝珠の順に積み重なっています。
軸部から匂欄までを『塔身』、斗型から屋根までを『笠』、そして露盤から宝珠までを『相輪』と呼びます。
これが正式な形なのですが、各所を省略したものや独自の形をしたものもあるようです。

多宝塔に関する言い伝え(法華経見宝塔品説)を少しだけ紹介します。

法華経によると釈尊が霊鷹山にて法華経を説こうとした際、突如目の前に宝塔が現れたため、中に入ると多宝如来が座っていた。
すると多宝如来は釈尊に隣に座って説法するように言った。
そのことから、多宝塔には多宝如来と釈尊が併座して彫られるようになった。
その後は大日如来、阿しゅく如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来といった密教における五仏を供養したものであったり、
お墓や供養塔としても利用されるようになったと伝えられています。

日本の文化が色濃く残る京都の寺院にも数多くの多宝塔が残されています。

京都市内で現存する多宝塔の中で最も古いのが『宝塔時(ほうとうじ)』のもの。
室町時代に建てられたものであり、重要文化財に指定されています。
そして、日本最古の多宝塔として知られているのが『石山寺多宝塔』です。
石山寺は滋賀県大津市にある東寺真言宗のお寺です。
石山寺の多宝塔は、源頼朝による寄進だと伝えられています。
1194年に建立されたことが明らかになっており、鎌倉時代の貴重な建物として国宝に指定されています。